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ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

森田童子のCDを買った

所感

森田童子のCDを買った。長らく廃盤状態が続いて中古相場が高騰していたが、今年の夏頃に再版されたらしい。Amazonでたまたま森田童子の名前を検索したら、CDが新品定価で販売されている。

一瞬目を疑ったが、アルバム名を検索してみると再リリースの記事がいくつも表示された。嬉しくなってすぐに『ぼくたちの失敗 森田童子ベストコレクション』を注文したのが先月の後半だった。

『ぼくたちの失敗』『みんな夢でありました』『たとえばぼくが死んだら』の3曲はどうしても揃えておきたかった。もちろん他にも良い曲はたくさんあるが、ベスト盤にこの3曲は外せないと思う。音質も良くなっているそうだが、僕の耳にはそこまで分からない。

だいぶ前から僕はテレビを見なくなったが、『ぼくたちの失敗』という曲がドラマで使用されてヒットし、世間でもよく流れていた時期があった。もう20年位前になる。本人がすでに引退した後のヒットなので、謎に包まれた森田童子像にも話題性があった。

最初に聞いた時はメロディが良いと思った。歌詞の内容は陰気だが、挫折が人間の本性なのか、敗北を告白する心情がなんだか心地よかった。以来、いつかは森田童子のCDを手元に置いておこうと思い続けていた。

やっと森田童子のCDを手に入れたのは7,8前になるだろうか。店頭では既に廃盤扱いで、中古品が新品より高く売られてる頃だった。僕は音楽マニアではないので、いくら好きな曲でも中古品をプレミア価格で買うのは抵抗があった。

不思議なことに、ある時突然インスピレーションが沸いた。浦所バイパス沿いにあるCDショップの映像が浮かんだのだ。十代の頃に何度か足を運んだことがあるが、大人になってからは生活圏も変わりほとんど忘れていた店だ。

たまに店の前を車で通り過ぎることはあっても、普段は全く立ち寄らない。それなのに、なぜかそこに行けばお目当てのアルバムが安く手に入る気がしたのだ。

すぐに車を走らせて店内に駆け込み、J-POPコーナーの棚に目を走らせると、ま行の欄に確かに森田童子のCDが1枚だけあった。ジャケットに女性のイラストが描かれた『ぼくたちの失敗 森田童子/ベスト・コレクション』である。

気になる価格は500円。ワンコインの500円だ。状態はBランクだったが、盤面の不良ではなくケースのヒビが原因らしい。喜び勇んでレジに差し出すと、勝利感が湧いてきた。

さっそくカーオーディオで聞きながら車を走らせた。アコースティックギターの旋律が生々しく、むせび泣くようなバイオリンの音色が胸に響く。

初めて聞く『蒸留反応』『春爛漫』はすぐにお気に入りの曲になり、森田童子の引き出しの多さに感心した。何度もリプレイして当てもなくドライブしたことを思い出す。

ただ、このアルバムには『みんな夢でありました』『たとえばぼくが死んだら』の2曲が入っていなかった。それらが入ったもう一方のベスト盤は流通が少なく、中古でも7,8千円の高値で売買されており、とても買う気になれない。

後日、『たとえばぼくが死んだら』はシングル盤の在庫をネットで見つけて数百円で購入出来たが、なんだか消化不良のような気分だった。

その後、引っ越しを契機に所有していた150枚以上のCDを全部手放した。売っても高が知れている。心境の変化が主因であり、自分の思い出が絡んだ所有物を減らして、少しでも心を軽くしたいと思ったのだ。

せっかく手に入れた森田童子のベストコレクションだが、少し迷ってからやはり処分することに決めた。だから、先月CDを新しく買う気になったのは、自分でも意外に感じている。

新品のCDを買うなんて数年振りだ。しかも、今月に入って『狼少年』『マザー・スカイ』のオリジナルアルバム2枚を追加で購入した。お金の余裕はないが、好きなもの・必要なものは、何としてでも手に入れようとする能力が人間には備わっている。

この2枚のスタジオアルバムにも、初めて聞く良い曲が揃っている。『ぼくは流星になる』『151680時間の夢』『憂鬱デス』『海を見たいと思った』『今日は奇蹟の朝です』。

メロディが馴染みやすく、楽器のアレンジも多彩だ。森田童子フォークソングという範疇では括れない。本人にその気があれば、商業的にもっと成功できたと思う。

とは言いながら、森田童子万々歳というほど入れ込んでいる訳でもない。退廃的で私小説のような詩の世界には惹かれるが、政治的思想には同調出来ない。

現在と40年前では時代背景が違い過ぎる。当時の若者と違って今の若者は既に取り込まれているし、中年は飼い慣らされている。当時の若者だった老人は既得権にしがみついている。

そんな憂鬱を言語化して吐き出させてくれる浄化作用が、森田童子の曲にはある。頑張って感謝して会いたいくて会えないJ-POPでは、人間の本心を抉り出すことが出来ない。大量生産された合成酒はベタベタ甘ったるいが、悪酔いするのが落ちだと思う。

敗北しながら歌い続けた森田童子は、世代を超えて新しい聴衆を開拓し続ける。やがて来る新しい聴衆は、時代に間に合わなかったのは自分達なのだと知るだろう。

遅れてきたのは、この僕なのだ。過去と未来は現在で混濁して、それぞれが手前勝手な夢に耽りながら幻を追い続ける。

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