読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

閑人フリーランスは夜行性

所感

今日は駅前まで出向き、何件か用事を済ませるつもりだったが、日中の太陽に気後れして外出する気になれなかった。パソコンに向き合い、だらだらとデスクワークで時間を潰した。

「セロトニン不足は日光で改善」なんて知識を仕入れても、実際に億劫で動きたくないのだから仕方がない。何もここ最近始まった心身の不調ではない。何年もこの精神的不安定と同居しながら、生活の遣り繰りを続けている。

いわば、僕はネガティブな感情と共生しているのだ。明るい未来ばかり夢見る青二才の時期を過ぎて、季節の寒暖のように人生にも波があることを体感してきた。

ダメな自分を叱咤しても、事態は変わらない。上辺だけのポジティブ信仰は、むしろ心の奥底で自分を傷付ける事になってしまう。

人間の思惑と違って天気は勝手に変わり、それでバランスを保っている。人間の心だって、天気の様にコロコロ変わる。自らの意志で総てを制御出来るなんて思わない方がいい。

雨が降ったら雨宿り、吹雪が吹いたら家でじっと我慢しているに限る。あっさり諦めた方が、苦痛は幾らか軽減してくれる。

そもそも人の外見が様々であるように、気質や体質だって千差万別だ。個人に得手不得手はあって当たり前なのだ。早寝早起き・勤労感謝・滅私奉公・積善報徳…。刷り込まれた道徳観で、一方的に善悪を色分けする方がおかしい。

学校や会社という集団社会は、突出した個性を求めていない。むしろ、本来自由である人間の精神を、鋳型にはめて去勢しようとしているのだ。

満員電車に押し込まれて、人から指図されるだけの人生より、貧乏していても家に引きこもってやり過ごす方がよほど人間らしい。

踊り続けて消耗するより、逃げて休む方が戦術としては賢い選択だ。社会的な弱者であるフリーランスは、時には逃げなければ生き残れないのである。

夜8時を過ぎて買い物に出かけた。歩いて行ける場所にスーパーとATMがあるのは助かる。夜の散歩は静かで過ごしやすい。虫の音とキンモクセイの香りが、秋の夜を実感させてくれる。

太陽が照り付ける日中と違って、月明かりに映し出される夜の方が優しいと思う。日中は見たくないものが見えてくるし、見られたくないのに見られてしまう。暗闇は怖ろしいが、同時に外部から身を守ってくれる様な安心感もある。

昼より夜の方が活動しやすいのなら、夜行性の気質を無理に矯正することはない。所詮、誰も肩代わりしてくれないのが人生なのだから、我が身の恥は甘んじて受け入れるしかないのだ。

社会が提示する正義や常識よりも、自分自身とうまくやっていく事こそが人生の主眼だと思う。

広告を非表示にする