読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

体調不良で思い出したこと

所感

昨日から身体がだるく、時折寒気もする。このままいくと発熱ダウンが予想されるので、今日は布団を敷きっ放しで横になり、休日扱いで様子をみていた。

一日中布団の中では退屈するので、バッハのCDをリピート再生しながら、寝たり起きたりを繰り返した。曲名はよく知らないが、耳に馴染みのある曲が多い。美しい旋律が心地よく、疲れた身体にはバッハが効く。

疲れた日々を過ごすことの多い僕だが、ここ三年位は病院に行っていない。以前は年に2,3回は熱を出し、しぶしぶ病院に足を運んでいたが、ここ数年は健康に恵まれている。病院通いをしなくなった切っ掛けを思い出してみた。

ある時、なかなか熱が引かず一週間ほど寝込んだことがあった。病院に行く体力もなく、市販薬でその場を凌いでいた。始めのうちは、二日も寝れば回復するだろうと高を括っていた。

しかし、案外手強く、高熱で頭がフラフラする。次第に子供の頃の感覚が蘇ってきた。熱で寝込むと、天井が近づいたり寝床がグラグラ揺れるあの感覚だ。全身がだるく、朦朧とする意識の中で喘ぎながら、その時なぜか自分の体質が変わっていく予感がした。

以前は、二十歳の頃に突然発症した花粉症に、僕は毎年苦しめられていた。耳鼻科に通い薬を服用しても鼻が詰まり、呼吸困難で夜中に起き出すことも度々あった。正月の目出度い気分も束の間、魔の2月がやってくるのが憂鬱だった。

20年近く悩まされた花粉症だが、一週間寝込んだ高熱の最中、僕から花粉症が離れていくビジョンが浮かんだ。「どうやら花粉症が治るらしい」、苦しい寝床で微かなメッセージを受け取った。

理由は知らない。発熱を通して、肉体自身が調整を図っているのだろうとしか言えない。

その発熱以降、僕は病院に行く機会がめっきり減った。翌年の花粉症シーズンも、くしゃみは出たが市販薬で納まる位に軽くなった。あれから何度か春先を経験しているが、今では自分が花粉症だったと思い出すことは滅多にない。

自分の意志や努力で健康になったとは思えない。むしろ、ずぼらな生活を送ってきた。何らかの加護があるのかと思えなくもない。それならば、ついでに貧乏という病気も治してくれればいいのにと拗ねたくなる。

そもそも、何で生きているのか分からないまま、右往左往しているのが人間の実態である。意味が分からないから、銘々で勝手に人生の意味づけをしているに過ぎない。

「命は神からの授かりもの」「人は宇宙に生かされている」などと耳障りのいい言葉を目にするが、そんなに気前の良い神様なら、僕の貧乏も治してくれないだろうか。

本当は、誰しも生命を肯定したいのだと思う。だけど、世界の歴史はおぞましく、社会のニュースも救いようがない。愛と平和を妄信するには、この世はいかにもトラップだらけだ。

分かった振りして善人を気取るより、自分の愚かさを認めて弱音を吐く方が、よほど素直で自然だと思う。

広告を非表示にする