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ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

『鍋料理』三日目

所感

風邪気味なので、鍋料理で滋養を付けることにした。といっても、特に食材を選ぶ訳ではない。肉や野菜を随意注ぎ足していくだけだ。

こんにゃくは味がしみ込むのに時間が掛かるので、初日より二日目の方がおいしい。季節が涼しくなったので、火入れと食材の補充で三日はもつだろう。

醤油と麺つゆ、ごま油があれば下地のスープは出来る。気分によって七味を入れたり、焼酎を料理酒代りに注いだりする。あとは食材の味や香りで熟成されていく。

初日よりも二日目、三日目の方が楽だ。味付けは大方出来上がっているので、沸騰が始まる頃に卵を入れて、黄味と白味に固まったら火を止めて出来上がり。すぐにはよそらず、蓋をしたまま一分半はフォロースルーする。

白いご飯に小さな丼ぶりによそった鍋料理があれば、他におかずや味噌汁は要らない。何とも経済的で、何よりも満足感がある。外食やお惣菜では得られない、自分で料理を作ったのだと云う達成感がある。

鍋料理にはお餅やうどんを入れても良いし、いざ終盤となれば冷えたご飯を雑炊にして、最後まで食べ切ることが出来る。

食費や手間もそれ程かからずに、食事に対する征服欲を見事なまでに満たしてくる。食欲の秋とは、鍋シーズンの始まりを告げる標語なのだと思う。

ただし、僕はおでんが好きではない。おでんは寒い季節の風物詩、屋台のおでん屋の店先もドラマでは絵になる。コンビニでは年中おでんを販売している位、おでん愛好家の存在は認知する。

しかし、おでんはご飯のおかずにならない。おでんの卵はおいしいけれど、竹輪やがんもどきと一緒にご飯を食べたいとは思えない。不思議だけれど、嗜好の違いはどうにもならない。それぞれが違っていて当たり前なのだ。

東京に居れば世界中の料理が味わえるそうだ。食べ物の興味には貪欲で懐の深い日本人だが、人間の生き方そのものに対しては選択が少な過ぎると思う。

誰かに雇われて真面目にコツコツ働く量産型日本人では、味気が無くて食欲がそそられない。

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