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ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

白猿が出た

お酒

たまに買い物に行く生協コープの酒売り場で、焼酎の白猿が新商品として販売されていた。黄猿と同じ蔵元が醸した酒であり、白ラベルに紫色に光る白猿の文字が鮮やかだ。ワイン酵母使用を謳った本格焼酎とのことで、いやがうえにも期待が高まる。

黄猿を初めて飲んだ時、そのフルーティーな香り・味わいに感心した。横並びの芋焼酎グループから抜き出て、独自の個性を持たせることに成功している。

先に赤猿を飲んだ時は、蔵元がアピールする程の印象は残らなかったので、黄猿のインパクトはより強烈に響いた。

自宅に戻り、早速白猿をグラスに注ぎ、ストレートで飲んでみる。あれ、おかしいな。香りは甘味があるが、肝心の酒の味に違和感がある。ほんのり甘味は感じるが、芋焼酎特有の芳醇さからは遠い。

もう一度、ラベルをよく見てみる。左上に赤文字で麦製の印が押されている。裏面のラベルを読むと、太字で書かれた本格焼酎の横に、「原材料 麦・麦こうじ」と記載されていた。そうか、白猿は麦焼酎だったのか。

一気にがっくりときた。僕が好きなのは芋焼酎であって、その他の原料の焼酎はセレクトから外してきた。

麦焼酎を飲む位なら、おとなしく角瓶を飲む方が無難である。一言で云えば、麦焼酎には味がない。麦焼酎ではウィスキーに勝てないのだ。同じ麦なら、茶色い方がおいしい。

芋焼酎であればこそ、トウモロコシ原料のバーボン同様の楽しみ方がある。他ジャンルの酒と較べても、コストパフォーマンスで充分渡り合える。

2000円未満のジャパニーズウィスキーが相手なら、霧島艦隊で迎撃出来るだろう。不毛な戦をけしかけなくても、一日の終わりをゆっくりと過ごす晩酌に、芋焼酎の甘さは応えてくれる。

透明グラスにオンザロックの白猿を前にしながら、五合瓶の始末をどうしようか思案している。キムチや生協PB商品の柿の種をおつまみにしてみたが、盃は一向に進まない。

これでは、神の河の二の舞だ。ネーミングとボトルの形に魅かれて薩摩酒造の神の河を飲んだことがあるが、やはり味覚が合わずに持て余した。

さつま白波の蔵元なのに、芋焼酎ではなく麦焼酎だったのだ。安ウィスキーのハイニッカの方が、よほど酒らしい味だと後悔した事を思い出す。

お酒は嗜好品なので、元より好き嫌いは個人の尺度に拠る。麦焼酎を愛飲している人達と論争するつもりはないが、芋面して麦を売るのは辞めろと蔵元に言いたい。

大体、焼酎のネーミングはハッタリ臭くて紛らわしい。銘柄が乱立するという事は、焼酎の製法自体、それほど複雑なものではないのかもしれない。

日本酒の歴史や層の厚さから比べると、九州のローカル酒である焼酎業界には、お山の大将が幅を利かせているのだろう。

そういえば、以前通った居酒屋で、特別な焼酎が手に入ったと勧められた酒がある。バニラの香りがする焼酎で、巷ではプレミアム扱いとの事だった。

容量の少ない細長い透明な瓶が、如何にも勿体ぶった感じで、神妙にグラスを傾けた。一口含むと、確かにバニラの香りがする。度数が高く喉がヒリヒリするが、不思議と味は甘い。これは面白い、バニラ味の焼酎だと店主とも会話が弾んだ。

ところが数年後、その酒はバニラの香料を添加していた噂が立ち、販売中止に追い込まれたのだ。原料の自然発酵の風味と添加物による風味では、天然美人と整形美人ほどの違いがある。味を粉飾していたのだから、消費者が騙されたと思うのも無理はない。

酒選びの面白さは、失敗の積み重ねがもたらす僥倖にあるのかもしれない。世間では天然美人が稀少なように、おいしい酒より並以下の酒の方が多い。

そのまずい酒を選り分けて、うまい酒にたまさか出逢える喜びが、酒選びの醍醐味なのだと思う。焼酎は一休みして、今度は日本酒の天然美人を探り当ててみようか。

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