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ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

『定食くるま』で聴く昭和歌謡

街探訪

野暮用を済ませにプロぺ通りを歩いた。本当に些細な用事で、結局行かなくてもどうという事はない結果に終わった。

物事を律儀に対応すると、かえってバカを見る。僕にも、まだお人よしのバカさ加減が残っていたのだ。なかなか負け癖は抜けないものだ。

そのまま真っ直ぐ帰るつもりで足を早めたが、定食くるまの掲示板が目について立ち止まった。今日の日替わりメニューは、豚塩カルビ定食590円。少し迷ったが、空振りで帰宅するのも癪なので、薄暗い路地を入っていく事にした。

この暗く細い路地は、戦後のマーケットの建物を引き継いでいる。現在は飲食店が数店営業しているのみだが、最盛期は30軒ほどの店が営業して活気があったそうだ。

もっとも、建物は半分しか残っていない。火災や近隣のビル建設が原因なのか、大分昔に県道に面した建物は解体されて、しばらくは駐車場だったと記憶する。

そこに東京三菱銀行が支店を構えたと思ったら数年で解体されて、現在では三菱系の分譲マンションが建っている。

僕がプロぺ通りのすぐ近くに住んでいたのは15年程前だ。その頃、この店は定食ポニーという屋号だった。手頃でボリュームのあるメニューが多かったので、時々足を運んでいた。

夜はサラリーマンの客が増えて、もっぱら居酒屋の雰囲気になる。客層は圧倒的に男性が多く、カップルやファミリーで寛ぐ店ではない。

時間は午後3時、ランチタイムを過ぎて店内はガラガラ。先客が一人いるのみである。いつも夕方以降に来ることが多いので意外だった。

水が運ばれてくると、迷わず日替わりAの豚塩カルビ定食を注文する。四人掛けのテーブルに一人で座り、料理が運ばれるまでぼんやりと店内に視線を移した。

黒いソファーは破れ箇所が目立ち、時折天井から水が滴り落ちる。夜は酔客で賑わい活気のある店内だが、人気の少ない店内を冷静に観察すると、建物の老朽化は目立ってしまう。

ふと気付くと、中森明菜の昔のヒット曲が流れてくる。曲名はすぐに思い出せないが、耳に馴染みのあるメロディーだ。まだ可憐だった頃の中森明菜の唄声が、懐かしくも切ない。

「時間ごと私を抱きあげてどこかへ連れて行ってほしい」、そんな内容の歌詞だ。恋愛ソングなのだろうが、人生に疲れて行く先を見失っている僕の心にも、何かを訴えるメッセージに聞こえてくる。

怪しい路地の定食屋で、思いがけず聴いた中森明菜の曲が、別解釈の心象風景に重なる。

そうだ、セカンド・ライフだ。二度目の人生を迎えられるなら、少しは上手にお金の遣り繰りがしたい。

いや、それだけではない。お金や名声では満たされない、根元的な不安を解消したい。浮世の柵から抜けて、心の底から安心できる至福のひと時を味わいたい。その実感が訪れれば、僕はまた人生を信じられる。

次に流れて来た曲は久保田早紀の『異邦人』で、その次は赤い鳥の『翼をください』。どんどん時間を遡っていく。

心は昭和に引き戻されて、やがて聞こえてきたのはガロの『学生街の喫茶店』。僕はまだ生まれていないよ。誰のセレクトか知らないが、若い店員も昔の曲を口ずさんでいる。昔のヒット曲はメロディが耳に残りやすい。

さてどん尻に控えしは、吉田拓郎の『結婚しようよ』。僕は結婚したくないよ。定食くるまには、フォークソングの愛好家がいるのだろうか。

昭和を彩るヒット曲に聴き入りながら、目の前に供された豚塩カルビ定食に箸がのびる。ボリュームたっぷりの盛り付けには、肉が時々姿を見せる。豚塩モヤシ炒め定食が本名なのだと思う。

それでもいいのだ。チェーン店乱立の飲食業界にあって、厨房でちゃんと調理した料理を味わえる事が重要なのだ。サイゼリヤのランチでは、調理人の姿が見えてこない。

昭和のイメージを引きずる食堂、定食くるまには、僕を含めて一定の支持者がいる。それぞれのスタンスで、日常の心の隙間を狭い路地で埋めようとしている。建物が古い事は承知の上で、飲食に興じているのだ。

ただ一つ僕が提言したいのは、この店には卓上に紙ナプキンが置いていない。これは困る。箱ティッシュでもいいから置いてほしい。味わえる料理があるほどに、紙ナプキンの必要性は高まるのだ。

と云って、この手の店に来る常連客は、クレームをつけて企業努力を求めるような意識高い系は少ない。現況優先で許容出来るか否かの二者択一だ。

怪しい路地のマーケットの奥で、数十年も営業を続けている自営業者なら、堂々とこう言うかもしれない。「嫌なら来なくてもいい」。

万民に受け入れられる商売は、大企業がやればいい。人員も資本も余力の少ない自営業者だからこそ、客層を選んで狭く細く商売するしかないのだ。

プロぺ通りも、個人経営の商店がめっきり減った。僕が住んでいた頃は、和菓子屋・八百屋・酒屋・写真屋などがまだ店を張っていた。プロぺ中央にあった芳林堂書店は、ビル丸ごと蔵書で埋め尽くされて、さながら知の殿堂の趣があった。

それが今では安売りチェーンの看板だらけになり、素通りしたくなる街に変わった。僕が長年愛用したセダークレストのワークブーツを買った丸井は、潰れたまま無残な姿を晒し続けている。

西武所沢店の上階に入っていた映画館も撤退して、市外からわざわざ所沢に来る用事がない。

自分がかつて住んだ街の記憶が、どんどん風化していく。自分は確かにこの場所に居たのだと証言できる街角が消えていく。

自分が住んでいた借家が壊されて、真新しい集合住宅に建て替えられていた光景を見た時は、過去が消されたようなショックを受けた。

定食くるまが営業を続ける暗いマーケットの路地は、僕の記憶をこの街と結び付けてくれる数少ない生存者なのだ。時々、またこの路地に迷い込んだなら、今度はどんな唄声が聞こえてくるだろうか。

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