読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

雪にもめげずトンカツ詣り

街探訪

雪が降った。埼玉で11月の初雪は珍しい。夜中から降り出した様で、朝方には街並みがすっかり雪化粧をまとっていた。

出勤時間帯になっても降雪は衰えず、各地で難儀した事だろう。閑人フリーランスだが、在宅ワークがつくづく有り難い。

午後から次第に降りやみ、道路の積雪もあらかた解消された様子だ。それでも、室内がやけに冷えて滅入りそうだ。気分を入れ替える為に、夕方からドライブがてらにトンカツ定食を食べに行った。場所はいつもの大宮である。

駐車場に止めておいた車は、すっかり雪を被っていた。傘で雪かきをして、エンジンを充分に暖めてから車を走らせた。建物や歩道には雪が残っていたが、ドライブに支障はない。普段より交通量が少なかったので、むしろスムーズな流れで走れた。

寒い夜でも、大宮の繁華街には人の流れが絶えない。コートやマフラー姿の人達が多く、もう冬景色である。吐く息が白く、頬が冷たい。

イルミネーションに彩られた目抜き通りを歩くと、クリスマスソングが流れてくる。こんなサイクルを、もう何十回繰り返してきたのだろうか。

一人で過ごす時間が多いと、季節の流れに鈍感で記憶も曖昧になりがちだ。わざわざ大宮までトンカツ定食を食べに行くのも、朦朧とした人生に足跡を刻む為である。記憶の連なりだけが、自分の人生を手繰り寄せるザイルになる。

ここ数年は明るい話題の無い僕の生活だが、記憶を遡ると充実した日々も思い返せる。以前は取引先の営業所が大宮にあり、一時期はよく通っていた。

繁忙期に仕事がダブルブッキングして、大宮の街並みを視界に流しながら、旧中山道を走り抜けたエピソードも思い出される。

親戚との付き合いも大宮を利用することが多く、親しい人達と何度も祝杯を上げたものだ。それは誰か他人の人生ではなく、確かに僕自身の経験である。

三十代半ば迄は、僕も張り合いのある生活を送っていたのだ。あの頃は、まだ希望を未来に託する事が出来た。他人や社会を信じることも出来た。

今は違う。信じることの出来る確固とした対象が無いのだ。自分を信じることも出来ない。余りにも、心はコロコロと変わり過ぎる。

軸の定まらない空間に、宙づりにされている気分だ。自由は柔軟過ぎても良くない。足場を固定できる地盤が無いと、物語を描き続けられなくなる。

街は人々の記憶や感情を蔵する、巨大なハードディスクとも云えよう。その場所に佇むことで、人々は情報を呼び起こし、また新たな情報を植え付ける。

大宮通いを続けた処で、過ぎてしまった日々を取り戻せるとは思っていない。ただ、これからも物語を描き続ける活力を、どうにかして呼び戻したいのだ。

人生の虚しさから抜け出したい。本当は、僕も人生を信じたいのだ。

広告を非表示にする