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ノンマルト通信Express

フリーランスで自由自治

昼下がりの紙パック酒

所感

今日も特に予定なし。早目に近所のスーパーまで買い物に行ってきた。昼食はあり合わせの食材で済ますつもりだったが、お惣菜コーナーで巻き寿司が安く売られていたので、それを食べることにした。

酒を切らしていたので、酒売り場を物色する。焼酎やバーボンもいいが、寿司にはやはり日本酒が合う。ワンカップ大関と同じ中身の、金冠大関を2ℓ入りの紙パックで買った。

帰宅すると、さっそく紙パック酒の封を切った。枡に半分ほど注ぎ、一口含む。甘くておいしい。ワンカップと同じ味だ。

ベタベタせず変な酸味もない。吟醸酒のわざとらしいフルーティさとも違う。当たり前においしい酒だ。例えれば、極上剣菱をライトにして飲み易くなった味と云えようか。

下手な地酒に凝るよりも、名の知れた定番酒の方がハズレが少ない。おいしいワインに巡り合うより、おいしい日本酒に出会う方が、はるかに難易度が低いと思う。

当たり前の酒が当たり前においしい事を、マニアはなかなか認めたがらない。酒通が辿る回帰線である。

相変わらず貧乏暇ばかりだが、昼過ぎから酒を飲んで巻き寿司を食べれるなんて、我ながら自由な生活だと思う。

自由を目指して、切ってきたもの・捨ててきたものは沢山ある。世間体という粗大ごみは、なるべく早いうちに棄てた方がいい。

世間体は飯を食わせてくれない。世間体は個人を責めて、罪悪感を植え付けるだけだ。何のご利益もない世間体にエネルギーを奪われて、今日も人々は決まりきった生活に埋没するのだろう。

生活していけるお金は必要だ。ただ、精神的な自由と引き換えに大金を得た処で、囚われの身であることに変わりはない。勿論、自由で大金持ちであるに越した事はないが、人の器はある程度決まっている。

自分サイズの生活を受け入れるしかない。あとは、成る様に成るだけ。人間を養うのは、造物主の責任である。

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